産油国の国際的枠組み【OPEC(オペック)】についてわかりやすく解説!

当サイトは、アフィリエイト広告を利用しています。

国際・政治

OPECとは

OPECとは、Organization of the Petroleum Exporting Countriesの略称で、石油輸出国機構のことです。OPECは、産油国が国際石油資本に対抗して自国の石油資源の主権を回復するため、1960年にサウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、ベネズエラの5か国によって設立された国際的枠組みです。OPECは、各加盟国の石油政策を調整して統一的に実施することによって、加盟国の利益を確保することに貢献してきました。すなわち、OPECに加盟している産油国は、協調して石油の生産量を調整しながら、国際市場における石油の需要と供給のバランスを図り、原油価格に対して影響力を行使してきました。

国際石油資本とは、エクソン、モービル・オイル、テキサコ、シェブロン、ガルフ・オイル、BP(ブリティッシュ・ペトロレアム)、ロイヤル・ダッチ・シェルという7つの欧米の石油会社のことだよ!そして、これらの石油会社はセブン・シスターズ又は石油メジャーと呼ばれていたんだ!石油メジャーは、世界的な巨大石油企業で、石油の探査、採掘、生産、輸送、精製、販売などの全てのプロセスを手掛けて、1970年代まで中東などの石油資源と市場を牛耳っていたんだ!

現在は、合併などによってエクソン・モービル、シェブロン、ロイヤル・ダッチ・シェル、BP、トタル、コノコフィリップスの6社がスーパーメジャーと呼ばれている巨大石油企業だけど、OPECの設立や産油国の石油事業国有化などによって、これらの石油企業は、石油資源に対してかつてのような支配権を有しているわけではないんだ!ちなみに、1870年に石油メジャーの源流になったスタンダード・オイルを設立したのが、アメリカの石油王と呼ばれたジョン・ロックフェラーだよ!

ジョン・ロックフェラー

そして、OPECは、原油価格の維持や上昇などに関与することによって、加盟国の石油収入を確保又は拡大することに努めてきました。また、OPEC加盟国は、世界の石油確認埋蔵量の多くを保有しているため、石油消費国への安定供給にも大きな影響力を持っています。2026年4月現在のOPEC加盟国は、サウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、ベネズエラ、リビア、アルジェリア、ナイジェリア、UAE(アラブ首長国連邦)、ガボン、赤道ギニア、コンゴの12か国です。ただし、UAEは、2026年5月1日付けでOPEC及びOPECプラスから脱退しました。

また、2016年、OPEC加盟国とロシアなどのOPECに加盟していない主要産油国は、OPECプラスを設立して定期的に会合を開催しています。この枠組みによって協調する産油国が増えたため、原油価格に対する影響力は強化されました。OPECプラスは、OPEC加盟国にアゼルバイジャン、バーレーン、ブラジル、ブルネイ、カザフスタン、マレーシア、メキシコ、オマーン、ロシア、スーダン、南スーダンの11か国を加えた枠組みです。

OPECの組織

OPECの本部はオーストリアのウィーンにあります。OPECは総会、理事会、事務局の3つの機関から構成されています。総会は、最高決定機関で、加盟国の代表(石油担当大臣)によって構成されています。定例総会は年2回開催されます。また、必要に応じ、一定の手続きを経て臨時総会が開催されます。総会の定足数は加盟国の4分の3以上です。投票権は1国1票で、手続事項を除いて全会一致で議決されます。理事会は、加盟国が指名して総会が承認した理事によって構成されています。

理事会には、OPECの運営を主導したり、総会の決定事項を実施したり、予算案を作成したり、報告書や勧告を総会に提出したりする役割があります。事務局は、調査、統計、広報、対外調整などの実務全般を担当します。事務局の事務局長は総会で選出されます。その任期は3年で2期6年まで務めることができます。事務局には、主として国際石油市場などについて調査・研究を行う役割があります。なお、OPECへの加盟は、原加盟国(サウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、ベネズエラの5か国)の全てを含む加盟国の4分の3以上の賛成を必要とします。

OPEC設立の背景

19世紀末、アメリカのロックフェラーが設立したスタンダード・オイルが世界の石油産業を支配しました。しかし、1911年、スタンダード・オイルは、独占禁止法違反のため、分割されました。その後、アメリカのスタンダード・オイルの流れをくむ石油会社やイギリスなどの大手石油会社が台頭して、世界の石油産業において大きな力を持ちました。これらの石油会社は7社ありました。そして、セブン・シスターズ又は石油メジャーと呼ばれました。一方、石油資源を有する中東や南アメリカの国々は、石油資源を規制するための法律や探鉱・開発するための技術などを持っていませんでした。

そのため、石油資源の開発について石油メジャーと呼ばれた国際石油会社に頼ることになりました。国際石油会社は、多くの石油埋蔵量が期待される国々と石油利権契約を締結して、長期に渡り石油の探鉱・開発の権利を獲得しました。そして、国際石油会社は、産油国に対して生産量1トンに対して一定の金額を払いました。その後、一定の生産量をロイヤルティとして納める契約に変わりました。このようにして、国際石油会社は、利権契約に基づき、産油国の広大な地域において石油の探鉱、開発、生産を独占しました。

同時に、輸送、精製、販売などの全てのプロセスを担当することによって莫大な利益を収めました。そして、第2次世界大戦が勃発すると、石油の需要は急速に拡大しました。大戦終了後も需要の拡大は続きました。1950年代~1960年代の前半にかけても石油利権契約による石油メジャーの支配は継続しました。一方、南米や中東の産油国では、石油利権に対する意識が高まっていきました。1938年、メキシコが石油事業の国有化を実行して利権を接収したのをはじめ、1948年にはベネズエラ、1950年にはサウジアラビアが50パーセントの所得税を国際石油会社に課しました。

1951年にはイランが石油事業の国有化によって利権を接収しました。そして、利権契約の変更も行われました。すなわち、国際石油会社に対して、最低限掘らなければならない坑井(こうせい)の数を義務付けたり、利用しない鉱区を返還することを義務付けたりして、産油国に資する条件を追加しました。また、産油国の利益配分を増やす変更も行われました。当時、原油価格は石油メジャーによって決定されていました。その価格は公示価格と呼ばれて産油国に支払う税額などの算定基準でもありました。一方、産油国は、石油メジャーが自国の資源である原油の価格を決定することに不満を抱いていました。

1950年代後半、ソ連が安価な石油を大量に輸出するようになりました。それは、石油供給量の増加と原油価格の低下を招きました。そのため、1959年と1960年に、石油メジャーは公示価格を一方的に引き下げました。産油国は、この措置に対抗するため、OPECを設立して公示価格を凍結しました。そして、石油メジャーは、産油国に対して凍結された公示価格に基づき所得税や利権料を支払うことになりました。このように、公示価格は、産油国に石油収入の利益を配分する際の基準には使われていました。一方、実際の取引価格は、引き続き石油メジャーによって決定されていました。

OPECの経緯

石油メジャー(国際石油会社)と呼ばれた国際石油資本が一方的に公示価格を引き下げたため、産油国は、自国の利益を守るため、1960年9月14日、サウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、ベネズエラの5か国がOPECを設立しました。しかし、OPECは、公示価格の引上げに対しては影響力を発揮できませんでした。1966年、国連総会において、天然資源を開発する企業に対する資源所在国の管理権や天然資源開発に従事する企業の経営・利益に対する資源所在国のシェア増大の権利などが決議されました。

1968年、第16回OPEC総会において、1966年の国連総会の決議が確認されるとともに、国際石油会社との石油利権協定にOPEC加盟国の事業参加を規定することを勧告する決議が行われました。その後、石油の需要増加が継続したため、供給が不足するようになりました。1970年、第21回OPEC総会において、公示価格や所得税率を引き上げることなどについて、国際石油会社側と交渉を開始することを決議しました。1971年の第24回及び25回OPEC総会においては、第16回OPEC総会における事業参加の規定についての決議をOPECの政策として位置付けました。

また、同年には、OPEC加盟のペルシア湾岸6か国(イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、カタール、アブダビ(UAE))と国際石油会社側との間でテヘラン協定が締結されました。同協定では、1975年までの公示価格の引上げスケジュールが決定されました。これにより、OPEC産油国は、公示価格を決定するための当事者としての地位を確立しました。1972年、ペルシア湾岸6か国は、国際石油会社側とジュネーブ協定を締結して、公示価格を8.49パーセント引き上げることを取り決めました。

さらに、同年、事業参加については、サウジアラビアとアブダビが国際石油会社との間でリヤド協定を締結しました。その協定では、事業参加の比率を段階的に増やして1982年に51パーセントにすることが計画されました。1973年には、クウェートとカタールがその協定に参加する意向を示しましたが、クウェートは議会承認が得られず、1974年に独自の協定を締結しました。一方、1971年、米ドルの切下げが行われました。すなわち、スミソニアン協定で、金1オンス=35ドルから38ドルに引き上げられ、各国通貨はドルに対して切上げが行われました。

たとえば、円は1ドル=360円から308円に引き上げられました。つまり、ドルの価値が下がりました。さらに続いて、第2次の米ドル切下げが1973年に行われました。その結果、OPEC産油国は石油収入の損失を補う必要が生じました。そのため、同年、ジュネーブ協定を補足する新ジュネーブ協定が発効しました。1973年10月、イスラエルは、スエズ運河東岸とゴラン高原においてエジプトとシリアの両国と軍事衝突に至りました。第4次中東戦争の勃発でした。その結果、OPECのペルシア湾岸産油国は、イスラエル側の国々に対して石油の輸出を禁止しました。

また、ペルシア湾岸6か国はテヘラン協定を破棄して公示価格を大幅に引き上げました。その結果、世界中で石油危機が発生しました。これが第1次石油危機(第1次オイルショック)でした。そして、新ジュネーブ協定も事実上破棄されました。すなわち、OPEC産油国は、公示価格の引上げについて、国際石油会社と交渉することなく、一方的に決定しました。こうして、産油国側は公示価格の決定権を完全に獲得しました。そして、第1次石油危機以降、OPECは、公式販売価格などの形式で原油価格を決定するようになりました。

また、OPEC産油国による石油事業(利権)の国有化については、1970年代にイラク、ベネズエラ、クウェート、サウジアラビアなどによって達成されました。OPECは、1978年から原油価格の大幅な引上げを段階的に行いました。1979年、イラン革命が起こったため、イランからの石油の輸出が一時的に停止されました。1980年にはイラン・イラク戦争が勃発したため、中東の政情不安が続きました。そのため、原油価格が上昇して第2次石油危機(第2次オイルショック)が起こりました。1980年代には、OPEC加盟国以外の産油国で石油の生産量が増えていきました。

これに伴い、1970年代には世界の石油生産量の50パーセント以上を占めていたOPEC加盟国の占有率は下がり始めました。また、石油先物市場が開設されると、市場において価格の決定が進められるようになりました。その後、OPECは、加盟国に石油の生産量を割り当てることによって生産調整を行い、需要と供給のバランスを通じて原油価格を調整するようになりました。しかし、2010年代、原油価格が上昇したため、アメリカなどがシェールオイルを増産しました。そのため、国際石油市場におけるOPECの影響力は低下していきました。

シェールオイルとは、従来の油田よりも深いところにある頁岩(けつがん)層、英語でshale(シェール)層と呼ばれる硬い岩盤に閉じ込められている原油のことだよ!これを取り出すことは技術的に難しく、コストもかさむため、実用化できなかったんだ!でも、アメリカで水圧破砕や水平掘削という新技術が開発されたため、生産が可能になったんだよ!

すなわち、1つ目は、頁岩層に高圧の水などを注入して亀裂を作り、そこから原油を取り出す方法で、2つ目は、垂直に掘削して頁岩層に到達した後、その地層を水平に掘り進めて原油を取り出す方法だよ!そして、このシェールオイルに加えて、頁岩層に含まれている天然ガス(シェールガス)も技術開発によって生産できるようになったんだ!これを「シェール革命」と呼んでいるよ!

2016年、先に解説したように、OPECに加盟していない産油国を加えたOPECプラスが設立されました。2025年には、OPECプラスの占有率は世界の石油生産量の50パーセント近くになりました。このように、多くの産油国は、OPECプラスを通じて原油価格に対する影響力を維持しています。すなわち、OPECプラスは、定期的に会合を開催しながら、協調して減産や増産などを行っています。そして、原油価格の形成などに関与して、産油国の利益を確保するための役割を果たしています。

【IMF(国際通貨基金)】の目的、組織、業務などをわかりやすく解説!
IMFは、国連の専門機関で、本部は米国のワシントンにあります。現在、IMFの加盟国は190か国です。IMFは、世界の経済・金融の状況や加盟国の為替政策などを監視して、加盟国が国際収支の著しい悪化に陥ったときには、それを是正するための資金(融資)を提供します。
【OECD(経済協力開発機構)】についてわかりやすく解説!
OECDの本部はフランスのパリにあります。OECDは、経済や社会などに関する様々な課題について調査・分析を行い、政策提言を行います。OECD主な目的は、世界経済の発展、開発途上国の経済の拡大、多角的で自由な貿易体制の拡大という3点に貢献することです。
【WHOとは?】世界保健機関についてわかりやすく解説!
WHOは、World Health Organization(世界保健機関)の略称で、国際連合の専門機関です。WHOは世界保健機関憲章(WHO憲章)に基づいて設立されました。その目的は、すべての人々が可能な最高の健康水準に到達することです。
【WTO(世界貿易機関)】経緯、協定、組織などをわかりやすく解説!
WTOはスイスのジュネーブに本部がある国際機関です。WTOは、加盟した国と地域が物品やサービスの自由貿易などを行えるようにするため、国際ルールを決めたり、貿易に関する紛争を解決したり、貿易の交渉や協議を行う場を提供したりしています。
【アイぺフ(IPEF)!】インド太平洋での経済的枠組み!わかりやすく解説!
アイぺフとは、インド太平洋地域における経済的な連携及び協力について交渉・妥結をするための枠組みです。米国、インド、日本、オーストラリア、ブルネイ、タイ、マレーシア、ニュージーランド、インドネシア、韓国、フィリピン、シンガポール、ベトナムの13か国で発足しました。
【エイペック(APEC)!】アジア太平洋地域での経済協力の枠組み!わかりやすく解説!
APECとは、太平洋を取り囲む21か国と地域が参加している経済協力の枠組みです。アジア太平洋地域の持続可能な成長と繁栄に向けて、貿易や投資の自由化及び円滑化、経済及び技術の協力の推進について連携していくことを目的としています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました