経済学者ケインズについて前編と後編に分けて解説します。前編では「ケインズと経済学理論」と「略歴と時代背景(1883年~1929年)」について解説します。後編では「略歴と時代背景(1929年~1946年)」について解説します。
略歴と時代背景(1929年~1946年)
1929年10月、世界経済の中心であったアメリカのニューヨーク・ウォール街で株価の大暴落が起こりました。世界大恐慌の始まりでした。すなわち、経済の先行きを不安に思った投資家たちが一斉に株を売り払い、買い手もつかないため、株価が大暴落しました。銀行の倒産を恐れた市民は、銀行から預金を引き出したため、銀行の破綻が加速しました。そのため、融資を受けられなくなった多くの企業が倒産しました。そして、大量の失業者が発生しました。1930年には、この大不況は世界中に波及していきました。

そのような中、ケインズは内閣の経済諮問会議の委員になりました。また、ケインズは「貨幣論」を刊行しました。貨幣論とは「貨幣論Ⅰ:貨幣の純粋理論」と「貨幣論Ⅱ:貨幣の応用理論」という2巻の学術書のことです。貨幣論Ⅰは、「第1編 貨幣の性質」、「第2編 貨幣の価値」、「第3編 基本方程式」、「第4編 物価水準の動態」から構成されています。貨幣論Ⅱは、「第5編 貨幣的要因とその変動」、「第6編 投資率とその変動」、「第7編 貨幣管理」から構成されています。貨幣論Ⅰでは、銀行貨幣(銀行預金)について詳しい説明と分析が行われています。
また、2つの基本方程式が貨幣の購買力を評価する方法として示されています。貨幣論Ⅱでは、銀行における資金の運用と配分の変動について分析しています。また、歴史的例証として古代から近代に至る貨幣(貴金属)、物価、賃金、投資などの関係について説明しています。そして、各国の中央銀行による貨幣管理を国際的にコントロールするため、超国家中央銀行の設立を提案しています。1933年、ケインズは「繁栄への道(手段)」を発表しました。この論説では、世界的に景気を回復するため、世界の物価を上げることが必要であると論じました。

そして、それを実現するため、国際的な協調に基づく共同行動として、各国が、国際収支のバランスを保ちながら、全力で借り入れ支出(公債発行による支出)を増やすことなどを求めました。そして、金本位制に復帰して国際紙幣を発行することも提案されました。また、アメリカでは、フランクリン・ルーズベルト(ローズヴェルト)が大統領に就任しました。ルーズベルト大統領は、ニューヨークのウォール街での株価暴落に端を発した大恐慌から復興するため、ニューディール政策を打ち出しました。この政策には、再開銀行に対する財政的な支援、公共事業(テネシー川流域の開発)による大規模な雇用の創出、最低賃金の確保、農業生産の抑制と農家の所得補償などが含まれていました。
ケインズは、ルーズベルト大統領のニューディール政策に対してニューヨーク・タイムズ紙に公開書簡を載せました。そのなかで、ケインズは、ニューディール政策に期待したうえで、次の3つの提案を行いました。1つ目は、政府が国債を発行して財政の拡大を図ることでした。これをワイズ・スペンディング(wise spending)と呼びました。2つ目は、大規模な公開市場操作によって長期国債を買うことでした。すなわち、金融緩和を行って金利を下げることでした。これをチープ・マネー(cheap money)と呼びました。

3つ目は、国内の物価の安定を確保するため、アメリカとイギリスが為替レートの取決めを行うことでした。1934年、ケインズは、コロンビア大学の名誉法学博士の学位を受けるためにアメリカを訪問しました。その際には、ルーズベルト大統領とも会見しました。そこで、ケインズは経済学者として理論的な説明をしたため、大統領は政治家としてあまり興味を持たなかったと言われています。1935年、第2次ニューディール政策が実施されました。それには失業者に対する社会保障制度の整備、公共事業の全国への拡大と大量雇用の実現などが含まれていました。
1936年、ケインズは「雇用・利子および貨幣の一般理論(一般理論)」を刊行しました。一般理論は、「第1編 序論」、「第2編 定義と概念」、「第3編 消費性向」、「第4編 投資誘因」、「第5編 貨幣賃金と物価」、「第6編 一般理論の示唆する若干の覚書」から構成されています。本書では、古典派経済学の理論は特別な特徴を想定したものであると批判しています。そして、古典派の特別な特徴に対比させるため、一般理論と名付けたと述べています。また、政府が財政支出(国債発行)によって有効需要を創り出せば、不況の克服と完全雇用の実現を図ることができると説いています。

ウィキペディア(Wikipedia)から引用
有効需要とは、貨幣の支出に伴って市場に現れる需要のことで、有効需要=消費+投資+政府支出+(輸出-輸入)という式で計算することができます。そして、政府による財政支出(公共投資)が、派生効果によって何倍もの需要を生み出して、有効需要を押し上げることになると説明しています。これを乗数効果と呼びます。また、投資の限界効率理論を提唱しています。限界効率とは、投資を1単位増やしたときに発生すると予想される収益率のことです。すなわち、金融機関の金利よりも限界効率が高ければ、企業は事業投資を行います。
一方、限界効率が金利より下がれば、企業の投資意欲はなくなります。つまり、景気が悪いときには金利を下げれば、投資が増えて有効需要も増えると説いています。そして、流動性選好の理論について説明しています。すなわち、人々は、流動性(交換のしやすさ)が高い貨幣を保有することを好みます。そして、利子は貨幣の流動性を手放すことに対する対価です。つまり、金利が上がれば、貨幣に対する需要は下がるということです。1939年、イギリスとフランス(連合国)は、ドイツが同盟国のポーランドに侵攻したため、ドイツに対して宣戦布告しました。

ケインズは、「一般理論」の中で「株式投資は美人投票のようなもの」と言っているよ!株式投資に勝つための方法について「美人投票」の例をあげて説明しているんだ!すなわち、美人投票で優勝する女性を当てるには、投票者は、自分が美しいと思う女性ではなく、皆が投票すると思う女性を予想することが大事だよね!投資も同様で、自分の好みではなく、皆が選ぶと思う銘柄を購入することが大事だということだよ!つまり、多くの人が値上がりすると考える銘柄を選ぶことが、有効な投資方法だというわけだ!

これにより、第2次世界大戦が勃発しました。1940年、ケインズは、「戦費調達論」を発表して、戦時中の供給不足から生じるインフレを避けながら、必要な戦費を調達する方法について論じました。また、イギリスではウィンストン・チャーチルが首相に就任しました。1941年、ケインズは大蔵大臣顧問に就任しました。その後、イングランド銀行理事に就任しました。そして、アメリカが連合国として参戦しました。1944年、戦後の国際通貨制度を確立するため、アメリカのニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで、44か国の連合国政府代表による連合国通貨金融会議が開催されました。
ケインズはイギリス代表としてこの会議に出席しました。ケインズは、バンコールという新国際通貨を創設して管理通貨制度に基づく国際通貨体制を提案しました。しかし、アメリカ代表のデクスター・ホワイトの提案が採用されました。すなわち、金ドル本位制と固定相場制(日本の場合は1ドル=360円)に基づき、戦後の世界経済を支える通貨制度が構築されました。また、この会議では、IMF(国際通貨基金)とIBRD(国際復興開発銀行)の設立が決定されました。1945年、ドイツと日本の降伏によって第2次世界大戦が終わりました。1946年、ケインズは心臓発作で亡くなりました。62歳でした。









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